用語解説:材料物性における「弾性率」と「強度」とは
- SANKO GOSEI
- 1 日前
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はじめに
製品設計やCAE解析の現場では、材料特性を正しく理解することが欠かせません。その中でも特に重要なのが「弾性率(Elastic Modulus)」と「強度(Strength)」です。これらは似ているようで異なる概念であり、設計者が適切に区別して扱うことで、安全性・信頼性・コスト効率に優れた製品開発が可能となります。本記事では、両者の定義とCAEで使用する場合の注意点などもご紹介します。
1. 弾性率とは何か
定義
弾性率とは、材料に加えた応力に対するひずみの比例関係を表す定数で、ヤング率(Young’s modulus)とも呼ばれます。応力–ひずみ線図において、比例限界内の直線部分の傾きとして定義されます。
数式で表すと以下の通りです。

E:弾性率(Pa) σ:応力(Pa) ε:ひずみ(無次元)
特徴
大きいほど剛性が高い:同じ力を加えても変形が小さい。
小さいほど柔軟性が高い:同じ力で大きく変形する。
代表値の例
鉄鋼(一般構造用鋼 SS400):200 GPa
アルミ合金(A5052):70 GPa
樹脂(ポリエチレン):1 GPa 程度
このように、弾性率は「硬さ・剛性」を数値化した指標であり、製品の変形挙動を予測する上で不可欠です。
2. 強度とは何か
定義
強度とは、材料が破壊に至るまでに耐えられる最大の応力を指します。用途に応じて複数の種類があり、設計やCAEで参照されるのは以下のものです。
引張強度(Tensile Strength):引っ張りに耐える最大応力
降伏強度(Yield Strength):永久変形を起こす境界の応力
圧縮強度(Compressive Strength):押し潰される力に対する強さ
せん断強度(Shear Strength):すべりに耐える強さ
特徴
大きいほど壊れにくい:外力に対する限界が高い。
材料の選定に直結:安全率を掛け合わせて設計基準に用いられる。
代表値の例
鉄鋼(一般構造用鋼 SS400):引張強度 400–510 MPa
アルミ合金(A5052):引張強度 約300 MPa
樹脂(ポリエチレン):引張強度 約20 MPa
このように強度は「壊れるかどうか」の基準であり、製品の安全性を保証するための重要な値です。
3. 弾性率と強度の違い
しばしば混同されがちな「弾性率」と「強度」ですが、両者は本質的に異なります。
弾性率:変形のしやすさ(剛性)を示す。
強度:破壊に至る限界を示す。
例えば、ガラスは弾性率が高く変形しにくいが、引張強度は低く脆い。一方、ゴムは弾性率が低く柔らかいが、破断まで非常に大きなひずみに耐えられます。
4. CAEにおける活用
では実際にCAEを使って弾性率と強度の使い分けを見ていきましょう。
下記は材料試験でよく使用されるダンベル試験片を想定したモデルになります。

このモデルに対して下記の2条件の引張条件を与えます。


材料は①鉄鋼(一般構造用鋼 SS400):ヤング率:200 GPa 引張強度:450MPA
②アルミ合金(A5052):ヤング率:70 GPa 引張強度:300MPa
③樹脂(ポリエチレン):ヤング率:1GPa 引張強度:20MPa
の3種類で比較を行いました。
条件①:1000Nの引張荷重を付加

ヤング率が最も大きい鉄鋼が変形量が最も小さいことが分かります。
また、最大応力はどの材料であっても変わらないことも分かります。
製品設計時はこの最大応力と材料強度を照らし合わせながら破壊のリスク、安全率を計算します。上記の場合、最大応力が73.4MPaで樹脂の引張強度(20MPa)を超えているため問題あり
アルミニウムと鉄鋼は300MPa以上ありますので、問題無いという見方が出来ます。
大きな荷重が加わる場面では材料の強度が十分にある材料が適切と言えます。
※ただし、これは線形解析なので降伏応力を考慮したい場合は非線形解析が必要になります
条件②:2mmの強制変位を付加

こちらの場合、最大応力が最も低いのは樹脂(ポリエチレン)で最も高いのは鉄鋼になります。ヤング率は大きい程変形しにくいですが、この条件のように変形量(歪み量)が一定の場合、ヤング率の大きさと応力は比例関係になります。

そのため、変形量が大きくなると想定される場所ではヤング率の高い材料は不適切といえます。(ゴムのようにヤング率が低い材料が適切)
★破壊を判断するには?
線形解析では材料物性が応力-歪みが比例関係に増加していきます。
材料の降伏点を無視した解析になりますので破壊・破損を予測するには材料の塑性領域まで考慮した非線形解析が必要になります。塑性域の材料物性設定についてはこちらから
5. 設計における使い分け
ケース1:剛性重視の設計
例:自動車ボディ、建築部材
弾性率が高い材料が必要
たわみ量を小さくし、使用感や安全性を確保
ケース2:強度重視の設計
例:航空機部品、橋梁、圧力容器
高強度材料を選択
設計強度に安全率を掛け合わせて破壊防止
ケース3:柔軟性と強度のバランス
例:樹脂製品、医療機器部品
弾性率が低くても強度が確保できれば問題ない
曲がるが壊れない設計が可能
6. 設計者が注意すべき点
安全率の導入
強度は理論値だけではなく、環境・製造誤差を考慮して安全率を設定する必要があります。例:機械設計では2.0〜3.0程度が一般的。
材料試験データの確認
CAE入力値はカタログ値ではなく、実際のロット・成形条件に依存する場合が多い。特に樹脂は温度依存性が大きい。
応力集中への配慮
設計強度は均一応力を前提とするが、実際にはリブ・穴・角部で応力集中が発生する。CAE解析で局所的な応力を確認することが重要。
7. まとめ
弾性率は「変形のしにくさ(剛性)」を表す。
強度は「破壊に至る限界」を表す。
両者は独立した指標であり、製品設計・CAE解析では常に併用される。
設計段階では「弾性率で変形を確認」「強度で破壊を確認」という二段構えが必須。
適切な材料選定と安全率の導入により、安全かつ効率的な設計が可能になる。
弾性率と強度は、設計の「基礎体力」とも言える要素です。これらを理解し、正しく使い分けることで、CAEを活用した設計最適化や軽量化、安全性向上が実現できます。
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