ここでいう「プラスチックの物性劣化」とは材料が持つ本来の物理的性質が射出成形プロセスを通じて劣化し、強度が設計値を下回り該当部品の破損事故に結びつくようなトラブルを指している。
このトラブルはプラスチック加工方法に共通した一つの問題点であり、他の素材とその加工方法に見られない現象である。プラスチックの成形はほとんど熱を伴う加工であり、特に射出成形についてはかなり長い時間材料がシリンダ内で溶融状態で滞留するため注意深い成形作業の管理と、成形に極端な無理をさせない形状設計がトラブル防止のポイントとなる。
また、強度不足のトラブルの中で「環境亀裂」といわれているものがある。
これはポリエチレンによく見られる現象で、成形品を一定の荷重のもとで長時間薬品中に放置すると本来そbの材料が持つ許容応力よりはるかに低い応力でひび割れが生じることがある。これはストレスクラッキング(stresscracking)とも呼ばれているもので、ここで取り上げる
物性劣化とは意味が異なるので、これについては別に説明する。
①プラスチックの熱劣化によるもの
プラスチックはその分子量がある値以下になると衝撃値その他の物理的強度が急に小さく
なる。分子量低下の原因は熱分解である。熱分解はプラスチック材料がシリンダ内で溶融
温度を遥かに越えた高温となったり、あるいは適正な溶融温度であっても、その温度に長
時間加熱されると熱分解が始まる。これは成形品設計上の問題ともなり、成形品の品質管
理の重要な項目ともなる。
シリンダ内の長時間滞留は成形品に対して射出成形機が大きすぎる場合によく見られる不
具合である。難燃剤入りのプラスチック材料も熱分解しやすいものがある。難燃剤そのも
のが耐熱性がないためである。シリンダ温度をなるべく低く、滞留時間も長くならないよ
うに気をつけることが成形現場で重要なことである。
②加水分解によるもの
プラスチックの中には水分を含んだまま加熱すると水分によって分解されるものがある。
エステル結合のポリカーボネート、PBT、PET、吸水性の強いポリアミド(ナイロン)にこの
傾向が強い。成形に先立って十分な予備乾燥が必要である。
③プラスチックと充填剤の配向によるもの
射出成形の特徴として材料の流れにそって分子が配向し、流れ方向は強度が大きいが流れ
方向と直角方向は弱くなる傾向がある。結晶性のプラスチックは結晶も配向するのでこの
傾向がより一層顕著になる。また、充填剤の形状が扁平または繊維状であると、やはり流
れにそってこれらが並ぶのでこの場合も同じ傾向が強く表れる。
この傾向の強い成形品は荷重によって流れ方向に割れることが多いのでゲートの位置を変
えたり、成形品の形状を工夫し、弱い方向に補強を入れたりして弱点をカバーすることが
必要な場合がある。
④再生材の影響によるもの
射出成形はホットランナ金型を除き、必ずスプルー、ランナーも同時に成形されるのでそ
の処理については廃品とするか、粉砕してリサイクルするかである。
成形現場では成形品のコスト対策としてバージン(新品)材に何パーセントかの再生材を
混入させてリサイクルすることがある。日用雑貨では100%再生材使用例もある。
再生材の問題点は一般的に熱履歴が不明確になり、混合割合も一定にならないことが多い
ので、成形品に分子量の低下した劣化材料が混入し、強度が著しく低下することもある。
成形品の材質に対して高い信頼性が求められる場合は以上の理由で再生材のリサイクルは
控えた方がよい。
⑤その他の影響によるもの
射出成形機のスクリュシリンダ内の材料替えが不完全のまま量産成形に入った場合に
使用材料に異種材料が混入し、強度を著しく下げることがある。
通常異種材料混入は目視で発見できるので材料を替えた場合は、成形開始直後の数十
ショットは全数チェックの必要がある。
ウエルドが原因で強度不足となることがある。充填材入りの場合は特に注意すること
ウエルド部ではガラス繊維等は絡み合わない、この場合は溶融樹脂の流れに対し直角と
なり、対面した材料に繊維が飛び込まないためである。
ポリアミド(ナイロン)は成形直後の絶乾状態(水分がほとんど無い状態)と自然放置で吸湿
した状態では強度が大幅に異なる。元々この材料は吸湿しやすく、吸湿率が1.5%になる
ことがあり、ものによっては絶乾状態ではかなり脆くなり衝撃値が下がるので成形品を
使用前に吸湿させる方法もある。空気中に放置すると吸湿するので絶乾状態とはならない
が、成形直後では絶乾状態にあるため、この点に注意しなくてはならない。
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